世界基督統一神霊協会 釧路教会 - 5月20日 「蕩減条件と聖書」


ようこそ! 釧路教会へ 2018年8月18日(土) 15:24 JST

5月20日 「蕩減条件と聖書」

  • 2012年5月25日(金) 11:21 JST
  • 投稿者:
    manager

1967年6月18日にお父様が日本での原理大修練会の中で語られた御言の中に「蕩減条件と聖書」という内容があります。その中でお父様は、日本の社会状態や歴史的背景は仏教や神道の関わりが強いのでキリスト教に対しては隔たりがあるけれども、神様の復帰の公式というものは歴史の事実に基づいて蕩減していかなければならない。それは聖書を中心として始まっている。だから聖書を中心とした蕩減基準を持っていないと自分の生活が蕩減と何の関係もなくなってしまうということを語っておられます。世界に10億以上いるクリスチャンは聖書を中心として信仰生活をしています。そのクリスチャンたちは今まで心を尽くして信仰してきた基準があるので、神様の御旨を知ったならばその日から私たちが追いつけないような献身的な活動をする、神様はそういう人たちを準備してきたとも語られています。



ノアのおじいさんはみんなに迫害されながら箱舟を作りました。だったら私たちはそれ以上の心情的、環境的立場に立たないとノアの内容を受け継ぐことができません。昔の時代の中心人物や私たちの先祖たちより以上のつらいところに立ってそれを解放していかなければサタンが讒訴します。だからお父様は私たちに苦労をさせるのです。2000年前に十字架につかれ、そのあとも地獄に引かれていき神様からも見捨てられる立場に立ちながらも信仰の基準が一切変わらなかったイエス様に対して、サタンは何1つ讒訴できるものがありませんでした。よって神様はイエス様を復活させることができ、そこから新しい文化世界が現れてきました。

私たちの歩みや信仰生活は聖書の事実を蕩減復帰していくようになっています。そこには肉体的な蕩減条件として病気や怪我に見舞われることもありますし、また精神的な蕩減条件として様々な愛の減少感を感じることもあります。愛の減少感を感じるということは別に悪い事ではありません。むしろそれは正常な状態と言えます。愛の減少感をほとんど感じないという状態のほうがどこかずれているかもしれません。そしてそれらの内外の苦痛を味わった時に、それをどう捉え、どう越えていくかがとても大切になります。

まず1番目に、苦痛を感じたときにそれが恨みになってしまう場合があります。「神様どうしてこうなるんですか?」と言って神様を不信してしまったり、愛の減少感から周りを批判してしまったりした場合、それはまさに堕落した天使長の姿であり、結果的に神様から遠ざかっていくことになります。2番目に、苦痛を感じたときに「神様もこのような苦痛を味わってこられたんですね。」と言って神様の心情を実感することができる人もいます。つまり神様の立場、あるいは中心の立場に立つことができるということであり、それは復帰された天使長の立場になります。3番目は「神様にこのような苦痛を与えてきたのはこの私でした。」と言って、自分の罪を自覚し悔い改めることができる人です。これは復帰されたエバの立場になります。4番目は「その神様の苦痛を解放したい。私が神様の解放に責任を持ちます!」という立場です。これは復帰されたアダムの立場になります。お父様の生涯はまさにこの4番目の立場でした。このような動機を持つことができたら本当にいい人が伝道されます。

結局、苦痛を味わったときに1番目の立場に立ってしまうと神様から離れていきますが、2~4番目の立場に立つことができれば蕩減条件が立つので神側に近づくことができます。同じような現象が起こり同じような苦痛を味わったとしても、人によっては180度違う方向に進んでいくという事です。世の中の人たちは1番目の方向に行ってしまうことも多いかもしれませんが、私たちは少なくとも1番目の方向には行ってはいけません。2~4番目の方向に進んでいかなければなりません。

このようにして私たちは御旨の中で天使長の立場、エバの立場、アダムの立場を蕩減復帰することができます。すなわちアダム家庭で起こった出来事を蕩減復帰することができます。その後の復帰摂理は時代の変遷と世界の拡大によって少しずつ複雑になってはいきますが、ノア家庭もアブラハム家庭もモーセ路程も、基本はこのアダム家庭の蕩減復帰になっています。私たちの家系の蕩減内容も根本的には聖書の蕩減内容です。そして聖書歴史をまるごと蕩減復帰されたお方が真の父母様です。私たちもその道を行かないといけませんが、御父母様に侍り御父母様と一体となることで真の父母様の勝利圏を相続し、最も早く蕩減復帰の道を進んでいくことができます。

祝福家庭とはどんな家庭でしょうか?いろいろな問題が起きずに平穏無事に幸せに暮らしていける家庭が祝福家庭でしょうか?そうではありません。次から次と様々な問題が起きながら、それを原理的に捉え、正しく蕩減復帰していく家庭が祝福家庭です。問題が起きる起きないが問題ではありません。起きた問題に背を向けることなくそれを前向きに捉え家族が協力しながら力強く乗り越えて行こうとするかどうかが問題です。そこが祝福家庭と世の中の家庭の違いです。蕩減内容はそれぞれ違いますので、周りを気にしても仕方ありません。「あそこの家庭は子供もたくさんいて次から次といろいろな問題が起こっているけど、どうしてあのように明るく力強く一生懸命生きていけるんだろう?」そういう姿勢が周りの人を感動させます。結局私たちは何のために生きているのか、聖書歴史を蕩減復帰するためであり、根本はアダム家庭を蕩減復帰するために歩んでいます。

 

web拍手 by FC2

トラックバック

このエントリのトラックバックURL:
http://www.uc-kushiro.net/trackback.php?id=20120525112157963
表示形式
コメント投稿

コメントは投稿者の責任においてなされるものであり,サイト管理者は責任を負いません。