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11月27日 「祝福のかけ橋」

  • 2011年12月 3日(土) 20:38 JST
  • 投稿者:
    manager
11月20日、桜井元会長が聖和されましたが、お父様より昇華から聖和と名称変更が為され、日本での聖和式第1号となりました。お父様からは「祝親君王拝入国」との揮毫が与えられましたが、「神様の真の息子が王を拝して天国に入る」という意味であり、これは日本の聖和式第1号として日本に与えられた祝福でもあります。よって私たちもそのように生きなければならないということです。

私たちは御父母様より、奉献式、祝福式、聖和式という3つの祝福を与えられています。人生においてこの3つの祝福を正しく通過していけばよいわけです。そして先駆けてこのような祝福を与えられた私たちは、多くの人たちに祝福を与えていく「祝福の架け橋」になっていかなければなりません。

1977年のお父様の御言を紹介します。


「先生一人で苦労すればいいのに、どうして統一教会の人々を皆、苦労させるのだろう、と思うかもしれません。しかし、皆さんはすべての民族の前に、橋の役割をしなければいけないのです。先生と一緒に祝福を受ける位置に立つために、一緒に非難され、苦労せざるを得ないのです。苦労を甘受しながら祝福を与えようとして行ったのに、その祝福を受けなかったとすれば、それは皆さんのものになります。受け取れば、一層与えることのできる位置へ上がっていくのです。」

この御言のように、私たちは与えたいという動機を持って歩んでいけばよいのです。もしそれを相手が受け取らなかったとすればその祝福は自分に返ってくるので、どちらにしても良いことしかありません。受け取ってもらえなかったらり、あるいは逆に否定されたり迫害されたときに落ち込んでしまうとしたら、それはもしかしたら与えられることを望んでいたのかもしれません。良くない結果が出たときに自分がどういう感情を抱いているかを分析することで、そもそもどういう動機で取り組んでいたんだろうかという事を確認することができます。

基本的に正しい動機を持っていないと、物事はうまくいきません。要するによい運勢が来ません。運勢の悪い人はものに触るとものが壊れたりします。よくものを壊す人、事故を起こす人は、万物や車を愛していない人です。それは動機が良くないのです。愛する動機、与える動機で人にも万物にも接していくことが大切です。最初に与える者が勝ちです。もらったほうが負けです。与えようとするところに宇宙の力が働き、守ろうとします。

「私たちは与える者だ!」という意識を持っていきましょう。私たちは既に真の御父母様からとてつもない祝福を与えられています。食口は、過去の整理は必要ですが、過去を引きずることはありません。なぜなら私たちは真の御父母様と出会った瞬間から変化しているからです。神様と真の御父母様から受けた祝福を多くの人たちに与えていく、祝福の架け橋となっていきましょう。

 

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