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7月17日 「聖地決定と私たち」

  • 2011年7月18日(月) 22:09 JST
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韓国の機関紙「統一世界」に札幌の聖地の記事が掲載されました。札幌の聖地は1965年2月8日、真のお父様が来られ直接決定された世界7番目の聖地です。その日の午後2時10分頃千歳空港に着かれたお父様は、札幌・釧路・帯広の15、6人の食口に出迎えられました。午後4時頃円山公園に行かれて腰まで積もっている雪の山をかき分けて歩かれながらあるコブシの木を聖木として選ばれ、韓国から持ってこられた石と土と聖塩を埋め込まれました。

第2次世界大戦時、日本は100万人余りの韓国人を強制徴用し炭鉱、鉱山、鉄道建設などに酷使しましたが、そのうち30万人が北海道に徴用されたと言われています。お父様は「北海道に連行された人々がそこの女性たちと結婚して婿養子になって日本の人になってしまった場合もたくさんありますよ。」と述べられています。また、北海道が定州の気候とよく似ているということも言われたそうです。

聖地決定後、お父様は札幌教会に戻られ次のように御言を語られました。

「北海道は日本の最北端の地です。先生も本部から北海道札幌を考えていました。いつの日かこの地を訪問する日が来ると、待ちに待ったその日が今日の皆さんと会うこの日です。心より感謝いたします。長い間皆さんが本部の先生を思い、会いたいという切実な気持ちでお祈りしてきたことも知っています。天の事情や環境のため、長い間、その期間を延長させて今になって、初めてここに現れ、皆さんと会うことになったことを本人自らも残念に思っています。背後の天の父が先生を残して解決しなければならない重大な問題があったので、しかたなくこのように延長を重ねて会うことになったことについて、重ねてすみません。

私達は日本を愛する使命感を持たなければならず、天を代表して立つ者には、自己中心的な平安は決して許されない。自ら死ななけらば、心情はわからない。苦労をして初めてわかる。神の心情の中で生きる者となれ!私は、全世界が反対しても、この道を行く。一人でも戦う決心である。」

午前2時過ぎまで、質疑応答やユーモアが入り交じった親密な雰囲気の中で過ごされ、その夜は札幌教会の2階で休憩されました。翌朝、お父様は2つの揮毫を下さいました。一つは、「福地建設、万民義務」。もう一つは、「宇宙主管願ふ前に我を主観せよ」です。

このお父様の聖地決定からもうすぐ40周年を迎えようとする2004年9月、北海道を強烈な台風が襲い、そのとき聖地の聖木も倒れてしまいました。さらにその後、聖地の場所が立入禁止となってしまい祈ることもできなくなってしまったのです。真のお父様と北海道との直接の縁であった聖地がそのような状態になってしまったというのは大変な出来事であり、そこにはとてつもない大きなサタンの力というものを感じざるを得ません。良い縁を結べが良い結果が出る、悪い縁を結べば悪い結果が出るというのが原理観ですが、善神の業と悪神の業というものが常に同時に働こうとしています。それらを私たちは原理をもって見分けていかなければなりません。

そういう中で今月は新しい出発の摂理が天より与えられました。そこに至るまで多くのサタン分立の精誠を立ててきたわけですが、北海道に働く大きなサタンの力を分立し、お父様との良き縁を取り戻して新しい出発をなすことができる、北海道の歴史のとってもとても大きな出発となります。過去の様々な問題も同時に整理していくことができますので、私たちがこの出発に同参することによって個人家庭も共に過去を整理して新しい出発をすることができます。私たちの精誠でサタンを分立し、最高の出発をなしていきましょう。

 

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