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4月24日 「幼子の信仰」

  • 2011年5月 1日(日) 23:13 JST
  • 投稿者:
    manager
私たちは様々な思い込みを持っています。思い込みというのは間違った枠に自分をはめ込んでいる状態であり、そのような状態は自分自身が変わりずらい状況を生み出し、何度も同じ失敗を繰り返しやすい傾向があります。これは根本に持っている価値観が変わらなと難しいです。今までの常識、前例、先入観、固定観念というものが正しいという根拠は何もありません。どうにでも形を変えることのできる「水」のような存在になるのがいちばんです。時代の変化に合わせていかなければなりません。

例えば、「人様に迷惑だけはかけるんじゃない」とよく言われますが、これは本当に正しいことでしょうか?迷惑をかけるということは助けてもらうということですが、では、誰の助けも借りずに生きている人がいるでしょうか。私たちは必ず誰かに何らかの迷惑をかけながら生きています。迷惑をかけない生き方というのは、結果的に信頼関係を築けません。逆に、助けてもらって感謝する生き方というのは、互いの信頼関係を築くことができます。

生まれてこのかた親に一切迷惑をかけない子供がいたとしたら、親としてはどうでしょうか…。0歳の赤ちゃんがお腹がすいたら自分でミルクを作って飲んでいたらどうでしょう。親としてはとても寂しいと思います。もっと純粋に泣いたり笑ったり怒ったりしている姿が親に喜びを返してくれます。神様は私たち人間に対してそういう姿をある面願っています。

 神様は親ですから、人間を助けたい思いで溢れています。今は真の御父母様の勝利圏によって、神様が助けることのできる範囲が広がっています。神様の責任分担は95%ですが、これは便宜上表現されている数字であり、97%にも98%にもなり得ます。人間の責任分担が0になることはありませんが、神様に助けてもらえることはどんどん助けてもらえばよいです。その上で神様が干渉できない人間の責任分担に集中しながら、それを果たしていけばよいのです。

聖書にも「求めよ、さらば与えられん。」「門を叩け、そうすれば開けてもらえるだろう。」とありますように、門を叩くことが人間の責任分担であり、門を叩くことをしなければ神様は開けることはできません。 例えば今は祈願書というものが御父母様より与えられています。これは神様と絶対善霊が助けることのできる領域です。以前はありませんでした。このような領域に対してはどんどん助けてもらえばよいのです。

親にとっての一番の苦しみは、子供の悩みをわかっていながら子供が助けを求めてこないばかりに助けることが出来ないということではないでしょうか。それは親不孝なことです。 幼子は無私な姿、自分がありません。純金が価値があるのは不純物が混じってないからです。私たちは妬み、嫉妬、血気、怒気、傲慢心、責任転嫁…など、多くの堕落性という不純物が混じっています。これらの不純物を取り除いて無私の通過体になることが、神様の真の愛を相続するための最も近い道です。

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