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11月28日 「人間の5%、神様の95%」

  • 2010年11月28日(日) 23:03 JST
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    manager

文先生はアメリカ・韓国にて摂理完成宣言の大会を3回にわたって行なわれており、そのような中で先日北朝鮮の砲撃がありました。今、世界唯一の分断国家が韓半島であり、38度線はまさに神とサタンの一線です。今までの人類歴史は神とサタンの奪い合いの歴史でした。もともと神様が作ったエデンの園は神様のものであり、無形の神様は最初から、有形の万物世界を有形の人間に主管させようと考えていました。それでアダムに万物の名前を決めさせていったのです。しかし人間の堕落によってそれらがサタンに奪われました。それは人間が神様の戒めを破り責任を果たさなかったからです。そして堕落後、神様がアダムに問うたとき、アダムはエバが誘惑しましたと言い、そしてエバは蛇が誘惑しましたと言いました。つわり責任転嫁したわけです。もしこのときアダム・エバが、「これは私の責任です。すべて私が悪いんです。」と言っていたら、まるまるサタンに奪われてしまうのとはまた違った道があったかもしれません。



例えば、子供に問題が起こったときに、夫が妻に「おまえがしっかり教育しないからこんなことになるんだ!」と言ったら、夫は子供に対する所有権を失います。そして妻が夫に「あなただって子供に何もしてくれなかったじゃないの。あなたのせいよ!」と言ったら、妻も子供に対する所有権を失います。そこにたまたま通りがかった通行人が、もし「この子の問題はすべてわたし私の責任です。私に責任があります。」と言ったとしたら、その子の責任者はその通行人になり、そのままその子を連れていってしまうという話しです。所有権というのは、責任を持つ人、責任を取る人に移っていきます。アダム・エバは世の中の所有権を放棄しました。それで主管がサタンに移っていったのがその後の歴史と今の世の中です。私たちも責任を放棄すると所有権や主管権を失います。責任を持ちます、責任を取りますと言って責任を認めるならば所有権はそのままです。なので、私たちに与えられた責任分担というものは絶対に手放してはいけません。

人間の責任分担と言うのはどんなに頑張っても5%です。その5%を果たせば神様の95%が働いて100%になります。5%が20倍になるということです。そもそも人間というのは生かされている存在です。生きるのに必要な空気や光も無償で与えられています。電気、ガス、水道代は払っていますが、空気代、光代は払ってません。電気、ガス、水道が止まっても1日、2日は生きていけますが、空気が止まったら3分も生きられません。こんなに科学が発達した時代になっても、ハエ一匹作れないのが人間です。私たちは神様の95%にもっと感謝しなければなりませんね。

では何故神様は人間だけに責任分担を与えたのでしょうか。それは人間を神の子として作ったので、子供には相続圏が生まれます。創造主である神様は創造性までも人間に相続させたかったのです。そして万物の主人としての主管性を与えたかったのです。創世記を見ると神様は6日間かけて天地創造をなさってますが、6日目に作った人間に関しては95%までしか作りませんでした。残りの5%を人間自身がやることによって、それは人間の完成だけでなく全創造の完成を意味していました。すなわち天地創造の最後の仕上げを人間にやらせることによって、神様の創造の偉業を神と人間の共同作業であるという立場に立たせ、人間を第二の創造主にしようとしました。そうして創造性と主管性を与えようとされたのです。このようにこの人間の責任分担5%には深い神の愛が込められているのであり、そこには神様は一切干渉できません。この人間の責任分担という原則が今までの歴史の中ではわからなかったので、多くの信仰者が悩んできました。

遠藤周作さんの「沈黙」という小説がありますが、江戸時代、日本に来たイエズス会の宣教師が捕らえられ、殉教を覚悟して死を待っていたにもかかわらず、棄教しなければ他の信者たちの拷問が続いていくという究極の選択を迫られるも、神は何も答えてくれないという神の沈黙がテーマになっています。しかし最後に「私は沈黙していたのではない。お前たちと共に苦しんでいたのだ。」という神様の声を聞きます。
また、共産主義の産みの親であるカールマルクスはもともと熱心なユダヤ教の家に生まれました。しかし当時のドイツが国民にキリスト教信仰を押しつけ、ユダヤ教徒を公職から外す法律を作りました。弁護士をしていたマルクスのお父さんは、結果的にユダヤ教の信仰よりも弁護士という職業を選択します。しかしお母さんは改宗に猛反対し、信仰ゆえに夫婦の激しい対立が始まっていきます。またキリスト教に改宗しても社会からは相変わらず差別を受け、ユダヤ人社会からも裏切り者として蔑視されるようになります。結局信仰ゆえに家庭もバラバラ、社会も矛盾だらけという何も信じられないような環境の中でマルクスは、神はいないという結論に向かっていくようになりました。これも、人間の責任分担に神様は干渉できないという原則がわからなかったゆえの結果です。

この人間の責任分担を発見されたのがお父様であり、私たちは5%の責任をしっかりと果たしていくことを通して、そこに見えない神様の95%の力が働きます。それを一般的には奇跡と呼ぶのかもしれませんが、これは原理原則です。信仰の力によって私たちの5%をいかに果たすかということに尽力していきましょう。

 

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