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7月4日 「天の心情を知る者」

  • 2010年7月 5日(月) 11:56 JST
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    manager
真の御父母様は6月30日、米国から韓国に帰国されました、午前4時半頃に仁川空港に到着され、一旦天正宮に戻られましたが、その後すぐに金浦空港へ向かわれ、午後の飛行機でヨスに飛びました。そして真っ直ぐ海に出られると、すぐに70cmほどのスズキを釣られ、そのまま暗くなるまで海で精誠を尽くされました。そして翌日の7月1日には朝5時から始まった訓読会が2日の午前4時半頃まで続き、今までの記録を塗り替えるほぼ丸1日の訓読会となりました。その間お父様は1度も席を立たれず、食事も取られなかったということです。少し休まれたあと、朝6時から2日の訓読会が始まり、8時半くらいまで行なったあと、すぐ海に出られたということで、この丸1日の訓読会は7月8日の大会のための精誠条件であったと言われたそうです。このように、今お父様はすさまじいまでの精誠条件を立てておられます。このようなお父様の心情をどれだけ私たちはわかっているでしょうか?

6月12日の真の万物の日の式典で、お父様は「天の心情を誰が知っていたか」という1960年に語られた御言を訓読させられました。そこには堕落した人間を見つめられる神様の心情が次のように書かれています。「死刑囚の父母が、死刑執行所に行く息子のあとについていくのと同様に、神様は、死亡の道へと引きずられる人類が、宇宙的な死刑囚のような人類のあとについてこられたのです。」

神様は全知全能の神様ですが、神様の本質は心情です。ゆえに神様は心情を中心とした世界を創りたかったのです。「創造主と被造物」、あるいは「主人と僕」というような関係では心情世界というものは創れませんでした。そこには「親子」という関係が願われていました。子供はいずれ親になり、親の気持ちがわかるようになります。そして親子でありながらも友達のように同等の立場で語り合いわかりあえる関係になっていくことが可能です。場合によっては子供が親を越えていくこともありますし、そのとき親は悔しいとか悲しいとかは思いません。逆に嬉しいと感じます。神様が親であるならば、神様も人間に神様以上になってほしいとまで願っていました。

しかし人間は堕落によって神様の心情がわからなくなってしまい、「親の心子知らず」という状態になってしまいました。私たちも、子供が親の気持ちを理解してくれない、また親族が自分達の立場を理解してくれない、逆に反対してくるというようなときに、悲しい、悔しい気持ちになったり、惨めな気持ちになることも多いかもしれません。実は私たち自身がそういう気持ちを神様に与えてきた張本人であったかもしれないのです。だとしたら神様ほど惨めなかわいそうなお方はいないのであり、そういう神様の心情がわかったのがお父様です。

神様を信じてきた人はたくさんいたと思いますが、自分のために神様を信じてきた人が多かったのであり、神様のために神様を信じてきた人は少なかったのです。歴史の中で宗教によって神様が常に利用されてきました。私たちも御旨に対して、自分のために御旨を信じているのか、御旨のために御旨を信じているのかということを考えてみる必要があります。人に対しても、その人のためにその人を信じているのか、それとも自分のためにその人を信じているのか。信じて裏切られたときに怨みになるとしたら、それは自分のために信じていたということになります。その人のために信じていたのであれば、裏切られてもなお信じようとします。

宋会長が孔子の論語の中から、「知之者不如好之者、好之者不如楽之者」(これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。)という内容を紹介されていました。意味は、『ある人間があることを知っていても、そのことが好きだという人間にはかなわないし、好きだという人間も、これを楽しんでいる人間には、とてもかなわないものだ。』ということだそうです。私たちも神様の存在については知っているわけですが、神様が好きだーという段階なのか、また神様とともに日々の生活や人生を楽しんでいるという段階なのか、御旨の中で多くの苦労はあるけれど、それを神様と共に楽しんでいるという、まさに神様と渾然一体となっている状態を目指していかなければならないと思いますし、それがまさに天国生活ではないでしょうか。そういう訓練を日々地上でさせてもらっている私たちです。お父様の多くの御言を通して神様の心情を知ることのできる私たちですし、さらに御言を実践しながら神様と事情・心情を共有することで、より深く天の心情を知る者となっていきましょう。

 

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