2月17日 「新しい時代、新しい人間」

今日2月14日は陰暦の1月1日、いよいよ今日から天暦(再臨主暦)が始まります。今日の日が後々歴史に残っていくでしょう。西暦はイエス様の誕生を元年としていますが、西暦が定められたのは532年のことです。ですから、1~531年は概念上の存在ということです。そして実際に使われ始めたのは731年であり、西欧で一般化したのは15世紀以降だそうです。何故そんなに遅れたしまったのか、それはイエス様の摂理が十字架によって失敗してしまったからです。今は再臨主がこの新しい暦をリアルタイムで宣布しているのであり、そのことを知ってこの日を迎える人間はどれほど貴重でしょうか。

新しい時代を迎えるということは、新しい人間にならないといけないということです。「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れないといけない」という聖句もありますが、古い価値観、古い既成概念、思い込みなど・・・、古い殻を破らないといけません。

ノア家庭では、ハムは裸の父を見て自分なりに批判してしまいました。見えている姿だけで判断してしまったハムは、内的な世界や、背後にある心情の世界がわからない性格だったのでしょう。ノアに対して「父親はこうあるべきだ」という自分なりの考えがありました。私たちも、夫や妻、兄弟姉妹の言動や態度を見て、そのまんま判断して背後の心情を理解することなく、批判したり不満を持つことはないでしょうか。他人と一体化しようと思ったら、自分の思い込みや既成概念を捨てないと難しいです。思い込みの強い人は、自分に対しても枠を作ってしまうので、成長しずらいです。内的な世界を見れる人間、感じれる人間、それが信仰の世界です。起こる現象に対して、何か意味があるという捉え方が必要です。お父様はあるおばあさん食口が真心込めて作って長い道のりを歩きながら持ってきた潰れたおにぎりを、喜んでおいしそうに食べられたという証しがありますが、お父様は内的な心情の世界が全部わかるお方です。

私も昔、千葉の21修に参加したとき、毎朝床磨きの掃除の時間がありました。狭い範囲でしたが、毎日一生懸命真心込めて床を磨いていくうちに、いろんな万物から今まで感じなかった内的な世界が伝わってくるようになってきたことがありました。深く心を込めていくと、内的な世界がわかるようになるんだなーということを、その時感じました。それ以降、家でたまに茶碗を洗うときがあるのですが、その時は地球を磨くような心情で茶碗を洗うようにしています。

内的な世界というのは、突き詰めていくと「慕わしい心情」につながると思います。この「慕わしい心情」というのは、そもそも神様が人間を慕う心情から来ています。いかに神様が人間を慕っているか、神様はそのことを私たちに日々実感してほしいと願っています。私たちが接するすべての万物、すべての人間の中に神様の慕わしさが込められています。夫にも、妻にも、兄弟姉妹にも、国にも、世界にも・・・。そういう神様の心情に立ったとき内的に見れる人間になれます。

もしハムが父を慕っていたとしたら、裸の姿を見ても何の問題もなかったでしょう。かえってその姿が心配で慕わしさが増すのではないでしょうか。まず神様が私たちをどれだけ慕っているのか、その親子の心情を回復し、兄弟姉妹や夫婦間においても慕わしさを回復していくことが神様の願いです。堕落人間はそのことをわからなかったのであり、そのこと自体が神様の大きな悲しみでした。

新しい時代は一言で言えば「神様の時代」です。人間が神様に戻っていく時代です。それはまず神様が人間を慕わしく思っていることを実感していく時代です。「神様の真の愛を相続しましょう。」

 

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世界基督統一神霊協会 釧路教会: 2月17日 「新しい時代、新しい人間」
http://www.uc-kushiro.net/article.php?story=20100217164450257