世界基督統一神霊協会 釧路教会 - 9月13日 「10.14祝福式の恩恵」


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9月13日 「10.14祝福式の恩恵」

  • 2009年9月14日(月) 18:35 JST
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    manager
8月31日はラスベガスで第21回八定式の行事が行なわれました。釧路からも代表で1人参加しました。お父様は8時間という長時間にわたって御言を語られました。堕落と淫乱の象徴のようなところでサタンの根っこを抜き地獄の底を救っていく時代を迎えたと言えます。9月5日~11日のラスベガスのツアーにも釧路から1人参加しました。今回は3回目のツアーでしたが初めて御父母様にお会いする場が持たれたそうで、その日がちょうど釧路から参加した方の誕生日だったりとか、その場所が以前お父様の夢を見たときの場所と同じだったりという証しもあり、神様の導きを感じました。

お父様は10月14日の祝福式を発表されましたが、この祝福式は万王の王になられた御父母様から祝祷を受けるという完成期の祝福になります。そして今年に入り「神様摂理史責任分担解放圏完成宣布教育」が行なわれていますが、これはエデンの園で堕落前のアダム・エバに対して父母が直接行なう教育であります。その土台の上で今回の祝福が行なわれます。

また10月14日は59年前、お父様が興南収容所から解放された日です。この日は本来お父様の処刑が執行される日でした。もしこの日にお父様が処刑されていたとしたら、それ以降の人類復帰の神様の摂理は完全に途絶え、人類は希望を失い、今の時代はサタンの主管下の中で、暗黒の地上世界と暗黒の霊界となっていました。しかしお父様が解放されることによって生きて十字架を越え復活されたのです。このような、人類にとってこの上ない喜びの日に、今回の完成期の祝福が行なわれるのです。

そして今回の「祝福式」に対して真のご父母様は、「特別な恩赦の意味を持っている」と語られています。それは「全ての祝福家庭は一斉に新しい時代を出発しながら、自分勝手に生きてきたことに対して大きく覚醒し、天一国創建のための新しい出発の契機とする」という、全祝福家庭にたいして、広い意味での恩赦が与えられるということです。

この度、母の国「日本」においても、本部聖殿建設の許可を真の父母様より戴きました。そして真の父母様ご入国の基台造りとしての「日本本部聖殿」建設の準備をしているこの時に、日本語訳の「文鮮明先生自叙伝」がいよいよ日本においても出版されることになりました。まさに“実体聖殿”でもあられる真のお父様の生涯路程が綴られた「自叙伝」が日本食口に下賜される恩恵は、真のお父様が血と汗と涙の路程を歩まれた全ての心情圏を、母の国「日本」として相続することでもあります。それゆえ「実体聖殿心情圏相続期間」の基台の上に、日本の全祝福家庭が10月14日の「祝福式」に参加することによって、母の国「日本」全体に多大なる恩恵が注がれるに違いありません。

今、国進様が度々日本に来てくださっています。お父様の深い心情・事情をよくよく知っておられながら、また日本の難しい状況もよく理解しておられます。そのような狭間に立たれながら、具体的な問題解決と、継続して天の願いに応えられる日本教会を作るべく尽力してくださっています。国進様が韓国で行なってこられたことの70%は嫌がられることだったそうですが、ただ日本食口を救うために信念と決意をもって実行してこられました。どんな難しい問題に対しても前向き、発展的に一つ一つクリアしよう取り組んでくださっています。

お父様の興南監獄の路程を見ても、どんな健康な人でも3年で死ぬという過酷な環境の中に5年の重労働刑という公判が下されました。普通だったら絶望的な状況ですが、お父様の中には一切絶望感はありませんでした。まず行く自分の立場よりも行かせなければならない神様の立場を考えました。また自分の実力を現せるのはむしろこれからだという心情。そして監獄の中で神様はどんな人に出会わせてくれるんだろうかという好奇心のような気持ちで入っていかれたのです。

物事というのは、捉え方によってかなり印象が変わります。例えばお金持ちを見たときに、「あの人は一生懸命働いたんだろうなー」という捉え方もできれば、「どんな悪いことをしてお金を稼いだんだろう」という捉え方もできます。事実は確認すればわかるかもしれませんが、事実以上に解釈の仕方が、人の幸せ感を左右している面も大きいです。

家の前にゴミが置いてありました。隣りのあの意地悪なばあさんの仕業に違いないと思ったところから、そのおばあさんの喋り方、表情、歩き方、すべてが人の家の前にゴミを置いていくような人の姿に見えてきます。しかしある日、そのゴミはまったく別の人が置き忘れたものだったということがわかりました。するとその後は、そのおばあさんを見ても全然今まで見えていたような姿には見えなくなった・・・。皆さん、こういうような経験はないですか?同じ事実を見ても解釈の仕方でまったく違う物に見えるわけです。

結局、幸せなのか不幸なのかを決めるのは、実際の事実や環境ではなく、それをどう捉えるかという解釈や考え方、感じ方次第ということです。御父母様の人生は迫害と試練の連続です。しかし御父母様はそれを悲惨と考えるのではなく、神様の愛を感じながら感謝で歩み続けてこられました。御子女様たちも同じです。今、私たちもそのような精神を相続していきたいと思います。私たちははっきり「信仰」をもっている立場ですから、そのような生き方をすることが出来るはずです。

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  • 9月13日 「10.14祝福式の恩恵」
  • 投稿者:??蚊?鴻??????若? on 2009年9月24日(木) 21:14 JST

結局、幸せなのか不幸なのかを決めるのは、実際の事実や環境ではなく、それをどう捉えるかという解釈や考え方、感じ方次第ということです。

本当にその通りですね。自分のおかれている環境をどう捉えるかによって、幸不幸が決まってしまうのですね。結局は自分次第なんですね。今回のみ言は悟ることが多かったです。ありがとうございました。

  • 9月13日 「10.14祝福式の恩恵」
  • 投稿者:manager on 2009年9月25日(金) 03:30 JST

結局、自分の人生の良し悪しは自分が決めるということでしょうか。すべてにおいて主人意識が必要だなーと感じます。

  • 9月13日 「10.14祝福式の恩恵」
  • 投稿者:??蚊?鴻??????若? on 2009年10月 1日(木) 21:06 JST

さっきコメントしたのに、消されてる・・・ひどいです

なんで消すの?

  • 9月13日 「10.14祝福式の恩恵」
  • 投稿者:manager on 2009年10月 1日(木) 21:19 JST

すみません。コメントの意味がまったくわかりませんでした。意味のわかるコメントをお願いします。