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入門コラム③「人生の三段階」

  • 2009年3月18日(水) 03:00 JST
  • 投稿者:
    manager

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人間は、人智を超えた何か大きな存在によって生かされている。その存在を何と呼んでもよいのですが、とりあえず「神」と呼んでみましょう。そうすると人間は神の懐から生まれ、そしていずれは神の懐に帰っていくという見方もできます。実際にはオギャーと生まれてくる前に胎中期間というものがあります。そして地上での生活があり、そして死後の世界、霊界という話しになります。霊界があるのかないのか、それは行ってみないとわかりませんね。

しかし、日本もほとんどの家に仏壇か神棚があります。元日には多くの人が神社に元朝参りに行きます。お盆にはお墓参りに行きます。そして神仏を前にするとほとんどの人が眼を閉じて手を合わせます。何故、眼を閉じるのでしょうか。見えない世界を意識するからだと思います。目を閉じながら、神仏や先祖を意識し、祈っています。

世界中どこに行っても神仏や先祖を祭る習慣がありますし、それは大昔からいつの時代もそうでした。無宗教の人であっても「困ったときの神頼み」をします。つまり、もともと人間の中には無意識のうちに神仏を求める本性が備わっているのであり、それは人間が原因となって出てきているというよりも、そもそも何かそのような原因者が存在するからだと考えるほうが自然ではないでしょうか。

ちなみに動物にはそのような習慣性はありません。どんなに頭が良いと言われるイルカやチンパンジーであってもお祈りしたり宗教をもったりということはしません。犬がお墓参りはしません。(笑)人間だけが見えない世界と通じる何か特別な性質を持っており、たとえ体がなくなったとしてもそれですべてが終わるのではなく、その後も魂が霊界で生きるようになる。

ですから人生は、胎中生活、地上生活、霊界生活という三段階になっていて、十月十日の胎中期間は地上に生まれてくるための準備期間であるように、80年~100年くらいの地上生活は霊界に行くための準備期間ということになります。そして霊界が永遠の世界だとすれば、そこが本番の世界ということになります。ということは地上で生を終える「命日」は、本番の世界である霊界での「誕生日」ということになるのかもしれません。

 

  入門コラム④「原因者に訊く」

 

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