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4月20日 「礼拝の恩恵」

  • 2008年4月23日(水) 07:29 JST
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    管理人
今回4月18日に韓国で家庭連合会長の離就任式が行なわれ、亨進様が新しい韓国会長及び世界会長に就任されました。亨進様は昨年ソウルの麻浦教会、そして今年2月には本部教会の担当牧師をされながら、礼拝基盤を飛躍的に拡大してきました。今お父様からは今年中に2万名の礼拝を願われています。


 信仰のいちばんの基本は礼拝と月例献金です。昨年10月31日に札幌で新しい出発修練会が行なわれましたが、その時大母様が、「日曜日、教会に出てきてない人が多く見えます。日曜日は教会に出てこないといけません。」と語られました。

そもそも礼拝とは何でしょうか。旧約時代の礼拝はというと、アベルやノア、アブラハムが供え物をしてきました。すなわち「献祭」が最も原始的な礼拝だったのです。供え物を通して神との交わりを回復しようとするものでした。新約時代の礼拝の形態は讃美・祈祷・聖書拝読・説教が中心になりました。イエス様は13日の金曜日に十字架で亡くなられ、3日の後、すなわち日曜日に復活して弟子たちの前に現れた。そして、「あなたがたが2人でも3人でも、私の名によって集まっているところには私も共にいる。」と言われたので、日曜日に信徒たちが集まることによってイエス様と出会えると思ってきました。だからクリスチャンたちは迫害されても殉教しても、ある時はカタコンベ(洞窟)の中に隠れながらも決して集まることをやめなかったのです。そうしてキリスト教の信仰が2000年続いてきたということは凄いことです。新約時代の信仰のテーマは「十字架による救い」でした。

では成約時代はというと、神様との約束が成る時代、すなわちテーマは「神の国建設」です。ですから自ずと説教のテーマも変わってきます。しかし礼拝の目的である供え物という精神は旧約時代から変わりません。では成約時代は何を献祭するのか。自分の心を善悪に裂いて心を開いて参加することが重要です。そしていちばん重要なことは神様を礼拝する、すなわち「神様に会いに行く」という動機です。礼拝は決して説教を聞きに行く場ではありません。

以前ある方が私に証しをしてくれました。礼拝に参加すると、参加者一人一人の胸のところに神様からのパイプが伸びていて、礼拝の時間中神様が一人一人に愛のエネルギーを送り続けているのが毎週見えると…。そしてたまに来られた方にはほかの人よりも太いパイプがついていて、礼拝が終わりみんなが帰っていくときに、まだエネルギーが足りないという思いで残念そうに神様が帰ろうとする食口たちの姿を見つめている…。また、説教中は説教者の横にお父様がいらっしゃり、説教に合わせて「そうだ、そうだ。」と言っておられるのが毎週見える…と教えてくれました。

礼拝はすべての式次第を通して神様が直接恩恵を与えようとされる場です。ですからまず時間を守らなければなりません。少なくとも開始時間には神様は来られているわけですから、時間に遅れるというのは神様に対して失礼になります。出来れば早めに来ないといけません。そして説教を聞きに来る場ではなく、神様に会いに来る場です。任会長が就任1周年礼拝で次にように語られました。「聖日礼拝に参加することは神様との約束を守ることです。約束には小さな人との約束、大きな人との約束がある。小さな人との約束とは友人との約束であり、いちばん大きな人との約束とは神様との約束です。神様との約束を最優先で守るべきであり、聖日礼拝は絶対に守るべきです。」

礼拝人数は教域全体の信仰のバロメーターにもなります。今、月平均50名を目標にしています。環境的に毎週は来れないという方もいらっしゃるかもしれませんが、最低月1回はチャレンジしてください。早くこの礼拝堂をいっぱいにして大きいところに移りましょう。そして礼拝基盤を拡大しながら、教域全体の霊的器を大きくしていきましょう。

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